Motoharu Sano / 佐野元春

Motoharu Sano / 佐野元春
Biography

佐野 元春 (さの もとはる、1956年3月13日 – )は、日本のロックミュージシャン、シンガーソングライター、音楽プロデューサー、ラジオDJ。東京都出身。1980年にシングル「アンジェリーナ」でデビュー。詩人としてのメッセージを内包した歌詞、多様なリズムとアレンジ、ラップやスポークンワーズなどの新しい手法を実践。また、すぎやまこういち作品に敬意を払ったうえで「すべてはこの夜に」を沢田研二に書き下ろした事もあり、名実通りさまざまなジャンルの音楽を折衷させた曲を数多く発表して作品の商業的ヒットに関係なく高い評価を得ている。

Motoharu Sano / 佐野元春のアルバム

 ・ BACK TO THE STREET (1980)

 ・ Heart Beat (1981)

 ・ SOMEDAY (1982)

 ・ VISITORS (1984)

 ・ Café Bohemia (1986)

 ・ ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 (1989)

 ・ Time Out! (1990)

 ・ Sweet16 (1992)

 ・ The Circle (1993)

 ・ FRUITS (1996)

Motoharu Sano / 佐野元春のベストアルバム

 ・ No Damage (14のありふれたチャイム達) (1983)

 ・ THE SINGLES EPIC YEARS 1980-2004 (2006)

Motoharu Sano / 佐野元春の活躍

1979年立教大学を卒業し、同年末にEPIC・ソニーのプロデューサー小坂洋二の紹介でフォーク・ニューミュージック系の芸能事務所ヤングジャパンと契約。ヤングジャパン初のロック・ミュージシャンとなる。

1980年2月からレコーディングに入り、そこで伊藤銀次と知り合う。同年3月21日にシングル「アンジェリーナ」(EPIC・ソニー)でデビュー。同年4月21日にアルバム『BACK TO THE STREET』を発表。

1981年4月から『サウンドストリート』(NHK-FM)の月曜日担当になり、同番組の枠で『元春レイディオショー』を開始。同年6月にシングル「SOMEDAY」を発表。同時期に伊藤銀次を通じて交流を始めることとなる大瀧詠一に引き上げられ、大瀧のプロジェクト「ナイアガラ・トライアングル」に杉真理とともに参加。

自らのアルバムと『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』のレコーディングを並行して制作、大瀧から多くのことをインプットしながら自作にアウトプットしていった。同年11月には大瀧の「ヘッドフォンコンサート」(渋谷公会堂)に参加、ナイアガラファンクラブのハワイ旅行にも参加するなど、ナイアガラとの交流を深めた。

アルバム『SOMEDAY』を1982年5月に発表。レコーディング・エンジニアに吉野金次を迎え、フィル・スペクター並みのウォール・オブ・サウンドを導入したことで、シングルでは注目されていなかった「SOMEDAY」が注目を浴びるようになり、アルバム『SOMEDAY』はオリコンアルバムチャートで最高位4位を記録。

1982年9月から1983年3月までコンサートツアー『Rock & Roll Night Tour』を全40ヶ所で行い全国的に成功を収める。1983年編集盤『No Damage (14のありふれたチャイム達)』がオリコンで1位を記録し、佐野元春ブームが起きる。

ニューヨークでアパート生活をしながらクラブシーンのミュージシャンや前衛の映像作家などと交遊関係を築き、現地のミュージシャンとともにラップを取り入れながらもそれを換骨奪胎した「新しいサウンド」で新曲をレコーディングし、アルバム『VISITORS』を製作。

同年5月にアルバム『VISITORS』を発表し、翌6月に帰国。数曲でラップを取り入れたことや、前作までのナイアガラ系に通じるサウンドから一変したことで、賛否両論が巻き起こったもののオリコンで1位を記録する。

1985年2月に国際青年年のテーマ曲として「Young Bloods」を発表。佐野自身初のトップ10ヒットとなり、同曲の印税はアフリカ難民救済のチャリティーとして寄付された。

1986年、それまで培ってきた音楽制作やビジネスのノウハウを元にして自由な表現フィールドを獲得するために、自身によるプライベートレーベル「M’s Factory」を立ち上げる。

1986年12月には、先に発表されていた「Young Bloods」「CHRISTMAS TIME IN BLUE -聖なる夜に口笛吹いて-」を含むアルバム『Café Bohemia』を発売。イギリスやフランスを旅しながら作られた楽曲群は、ジャズ、ソウル、スカ、レゲエなどの多彩なリズムが採り入れられている。

1989年6月先行シングルとなった「約束の橋」や、「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」、「ジュジュ」などを収録したアルバム『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』をリリース。

サウンド面では、伝統的なUKロックと、オリエンタリズムが融合。60年代のF-Beatサウンド的な疾走感をもつタイトル曲から始まり、アフリカンビートやスキッフル、シャッフル、ロックンロールといった様々なリズムが取り入れられている。

デビューから10年目となった1990年には今までのシングル曲とカップリング曲一部を収録した「Moto Singles」を5月に発売。

1990年11月に佐野元春 with THE HEARTLAND名義としては『Café Bohemia』に続く2枚目となる『Time Out!』をリリース。
1991年、過去のバラードの再アレンジも含めたアルバム『Slow Songs』発売。

1992年には、2年ぶりのオリジナルアルバム『Sweet16』を発売。このアルバムは第34回日本レコード大賞の優秀アルバム賞を受賞した。「VISITORS」以降「約束の橋」を含む『No Damage II』もリリースされる。

1994年9月、バンド THE HEARTLANが解散。

その後、ソロ活動や他のアーティストとのコラボレーション、「INTERNATIONAL HOBO KING BAND」での活動など幅広く活躍している。